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私は趣味で小説をサイトに乗せています。小説といってもかろうじて文章として認識できる程度のものなのですが、そのサイトに、興味深いメッセージが届ていました。

以前二次創作として上げてらしたものが一次創作になっており寂しい気持ちになりました。彼らが好きでこの話を書かれたのではないのでしょうか。流用できてしまうようなものだったんでしょうか。悲しいです。

続いて二通目です。
いつきさんが今書かれている二次創作も所詮は名前を変えれば何にでも通用するだけのものなのでしょうか。あなたは生身の人間の名前を借りているだけで彼らに愛なんてないんでしょうか? どのようにお考えなのか教えてください。重ね重ねすみません。

「どのようにお考えなのか教えてください」とのことなので、お答えします。

サイトに新しい作品を乗せるにあたって、メールを送ってきてくださった「***」さんのおっしゃる通り、作品の登場人物の名前を変えました。
該当の話はもう長い事カウンターが動いていなかったため、読んでくれる人がもういなくなったと判断し、今度は予備知識なしでたくさんの人に読んでもらいたい、それが出来ると思ったので、別の新しい話を乗せるタイミングで新しい話に作り変えました。



「彼らが好きでこの話を書かれたのではないのでしょうか。」

→そうです。じゃないと書きません。
「彼ら」に対する愛はあるのかとのことですが、結構前に書いた話なので当時ほどの熱は保てていないかもしれませんが、好きでもない人達の話をわざわざ書くことはしませんし、「彼ら」に対する「愛」だけで書いているのではありません。
それと同じくらい、またそれ以上に私は私の「文章」や「好き勝手に付け加えたたくさんの設定」のことを好いています。

しかしキャラクターを好きな人が皆二次創作をする(ファンアート、イラストは除き、小説を書く、ということに限定させてください。)というわけでもないと私は思います。
むしろ少数なのではないのでしょうか。インターネットの中でこそたくさん見かけますが、実際に出会った人はファンには多く出会っても、そこから創作に繋がっている人は少ないように思います。

私の場合は、BL創作を書くのは「好きだから」という以外にも、大きな理由がふたつあります。
まずひとつめに、読みたいものがないので書くしかない、ということ。
ふたつ目は、自分の考えている事を文章を通して伝えたいからです。

BLは(最近は多様なものもたくさんあるみたいですね、広義では)男性同士の恋愛を取り扱っています。好きになるきっかけは様々だと思いますが、私の場合は性自認や性的指向に揺らぎがあったので、苦悩する主人公を自分と重ね、親しみやすいと感じ、好きになりました。

同性愛者の方全てが性別違和を抱いている訳でも、BLを書く人に当てはまる訳ではないですが、私はBL小説を書くことで登場人物と同化して、笑ったり泣いたりしています。

「もし男性に生まれたらこんな感じに振る舞えていたかな」と考えますし、それが叶わない苦しみや自分自身の実体験を交えながら、努力したり乗り越えさせます。
にせものでも成功体験を積み重ねて思い思いの幸せを掴み取る、もしくは幸せにならない結末を描くことでなぜそうなってしまったのか?その選択することでどう感じたのか?など、自分の中で整理をつけるために書いています。

私にとって書くことはリハビリであり、理想の具現化であり、何でもかんでも好きだから書いている、という訳でもないです。主張したいことがあるから、そして自らの傷を癒すために書いています。



ナマモノ二次創作の注意書きに「実在する人物とは関係ありません」としつこく書くのは、まさしく質問をしてくださったあなたのように「ごっちゃにしてしまう」人(ごめんなさい、貶めようと思ってはいないんです)がいるからです。注意書きをしても、そのような人達が「いる」ということを考えると誤解を招きやすいということでもあるのかもしれません。
説明が難しいのですが、文芸小説(一般的)の中で固有名詞が出てきても「小説の中の固有名詞」、主人公の行動を「小説の中の主人公の行動」と認識できますし、作中で批判することを怒る人はまずいないと思います。書いている側も区別はついています。ただ、それが読み手にとって特別な思い入れがあったりする場合、距離が歪んでしまうのではないでしょうか。

「実在する人達の話」と思い込ませてしまったことには、私も責任があると思っています。わたしはその部分に謝罪するべきです。すみませんでした。
私が書いているのは厳密は「実在しているふたり」ではありません。
「私の頭の中にいる二人」です。紛らわしいようですが、似て非なるものです。

「生身の人間を好きでいる事」「演じているキャラクターを好きでいること」「二次創作をすること」「二次創作の登場人物を好きでいる事」「二次創作の登場人物を一次創作に流用すること」は、まったく別です。

なぜなら、話に出てくる登場人物の生まれも育ちも、性格も年齢も特技も、抱えているトラウマも、すべて私自身が後から勝手につけ加えたものだからです。
それらの登場人物が語り、経験することは当然ですが「彼ら」とは無関係の場所で私がねつ造したものですからあなたの言うように「流用」する、「入れ物」を替えることは、私の二次創作においては可能です。



原作から引っ張ってきたものは微々たる設定で、他はかなりの部分が捏造です。

あなたが読んでくださった話にも、お芝居には登場しない両親が出てきたと思います。
同性愛者であるがゆえの悩みや、世間体を気にしたりご近所付き合いに気を揉んだりします。受け入れてもらったものの、相手がいつか離れていってしまうのではないかと不安を絶えず抱いていること。何を考え、周囲の人と接しているのか。それらは全て私による完璧な捏造であり、ましてや同性愛者であるとは原作にはどこにも描かれていません。

私は主人公は同性愛者でありもう一人の登場人物は異性愛者であると思いながら書きましたし、話の中でもそう触れてが、原作でそれらが読み取れるかというと、そんな文脈は一切ないです。

映像を視聴し直してみましたが、そのキャラクターは口調が中性的でありながら一人称が「僕」ですが、示されていないので「彼」は「彼女」かもしれないとすら私は思います。

(もし、私が男性だと“読み間違えた”キャラクターが、実は心が女性であり、男性として振る舞っていたら? 作者が女性であるという設定を付けていないことは、証明出来ません。人は自分や他人を守るために嘘をつくことがあります。キャラクターについても人のように演出でき、嘘をつかせることが出来ます。
そのキャラクターの性自認や性的指向は、作者が語るまでは明かされません。現実に存在している人も同じで、本人が公にするまでは誰にも分かりません。人が思っていることをすべて口に出してしまうモンスターでもない限り、二次創作の中に、真実はひとかけらもありません。)

私も「異性愛者前提で話を進められること」「異性愛者だと決めつけられること」がたびたびあるのですが、主張しなければ基本的には皆異性愛者であるように扱われるため、異性愛者として振る舞うしかありません。

そういった可能性や真実をすべて塗り潰し、「私はこういう読み方をしました」と書いてしまえるのが二次創作の面白いところであり恐ろしいところだと思います。
いわゆる「ナマモノ二次創作」が隠れないといけないのは、「他人を同性愛者だと決めつけている」からではなくて、「他人の性自認、性的指向及び性的嗜好を勝手に想像し判断している」からです。



いつきさんが今書かれている二次創作も所詮は名前を変えれば何にでも通用するだけのものなのでしょうか。あなたは生身の人間の名前を借りているだけで彼らに愛なんてないんでしょうか?

あなたが下さったこれらの文章を何度も読んで理解しようとしたのですが、全体を通して私が感じ取れたことは「私は二人のことが大好き、なぜ思い通りにできないのか」ということのみです。おそらくはあなたは私がその二次創作をあげてから今までずっと二人のことが好きなのだと思います。
あなたが気に食わないのは、「新しい人達で二次創作を乗せているのに、私が好きだった二人の名前が消え、一次創作に変えられていたから」。
私は嫌いなのでそうしたとは一言も言っていませんし、今私がしている創作に対してにまで言及してくるのは筋が違うと思うのですが、どうでしょう。

ちょっと分かりづらいのですが、この「なんにでも通用するだけのもの」と「名前を借りているだけ」の「だけ」は、おそらくどちらも否定的な意味で使われているんですよね。なるべく真っ直ぐに理解しようと思っているのですが、褒められているのかと思ったのですが違いますよね。
(言葉の裏を読むのが苦手でして、たびたび顰蹙を買うのですが、今回のそれが皮肉としてならすみません。)

しつこいようですが、私が題材にしたのはお芝居をしているふたりのキャラクターであり、生身の人間ではありません。冷たい言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、先程説明した通り、名前を変えたからといって内容が大きく左右されるものは書いてはいません。
私が言うのもなんですが、しょせん創作は創作です。妄想の枠を出ませんし、「彼ら」と結びつけるのは危険です。私にとって二次創作におけるキャラクターは「入れ物」です。私の声を代弁してくれる、今の気持ちにびったりその都度のふたり、です。
「演者」と「キャラクター(役)」は別物ですが、信じ込ませてしまったのならすみません。
二次創作と現実は、切り離して考えるべきです。

以前二次創作として上げてらしたものが一次創作になっており寂しい気持ちになりました。彼らが好きでこの話を書かれたのではないのでしょうか。流用できてしまうようなものだったんでしょうか。悲しいです。
いつきさんが今書かれている二次創作も所詮は名前を変えれば何にでも通用するだけのものなのでしょうか。あなたは生身の人間の名前を借りているだけで彼らに愛なんてないんでしょうか? どのようにお考えなのか教えてください。重ね重ねすみません。

わたしはあなたの文章を読んで、あなたが私に書いた文章とあなたのことを長い時間考えました。ですが残念なことに、あなたが伝えようとしている事は私には理解することは出来ませんでした。
私ははじめに「かろうじて文章として認識出来る程度のもの」と自分の小説のことを言いましたが、私はこの自分が書いている「かろうじて文章として認識出来る程度のもの」が大好きです。

あなたは冒頭から「寂しい気持ちになりました」「悲しいです」、とおっしゃっています。しかし初めからあなたの「悲しい」は「二次創作として上げてらしたものが一次創作になっており」にかかっているので、特に私の作品に対して思い入れがある訳ではないようなので特に謝罪する気も起きないのです。あなたのおっしゃる「愛」が、私の書いた作品に向いているようには感じられません。
あなたが「悲しい」のは「二次創作が一次創作なしに」断りなく(誰に?)変わっているからで、好きなのは実在するふたりでもなく、あなたの妄想の中の架空のふたりです。愛したいのならば、二次創作ではなく、現実のふたりだけを見てください。私の作品を挟まずに本人に気持ちを伝えればいいと思います。

あなたのお考えになっている愛とは一体、何を指すのでしょうか。
わたしが名前を変えないままにしていたら、あなたは愛を感じましたか。名前を改変して、原型が分からなくなるほどに話を変えていたら、でしょうか。指摘することが、二次創作を読むことが、愛でしょうか。
私は愛が何なのか分からないので創作をしています。是非教えていただきたいです。

1通目のメールを受け取ったときには、申し訳ないことをした、配慮に欠けることだったかな、と思いました。しかし2通目を読んで、あなたの伝えたいことが分からなくなりました。わざわざ愛、などという言葉を用いたのは、おそらく私の良心に訴えかけて傷つけたいと思って書かれたのかな、と思いますが。違いますか。

きつい言い方になってしまいますが、二次創作を読むことや書くことでが本人を愛している、二次創作を一次創作に流用した事を指摘すれば愛があると思っているのならばそれは勘違いです。二次創作は二次創作です。しつこいようですが、ファンであることと、名前を借り題材にして小説を書くことは全くの別問題です。
愛だなんだと説教してくださるのはありがたいですが、自分の思うその愛とやらを二次創作して自己満足するなり、また別の手段で想いを伝えるなりしてください。

お返事に時間が空いてしまい、すみませんでした。
名前を呼びかけて下さったところを見ると、新しく作成したプロフィールを見て下さったようで、ありがとうございます。作品以外にも、人となりにも興味を持って頂けたようで嬉しいです。一通目と二通目は一日時間が空いていますが、わざわざ二回に渡って、一日経っても確かめたかったことのようなので、日付が経ってしまいましたがこのような形で答えさせていただきました。

わたしは腐女子の方以外にも性描写なしの同性愛者が主人公の話を異性愛ものとおんなじように楽しんでほしかったので、そのような話をもとから探して読んでくださる人ではない人にも読んでもらえたのなら成功と言えるのかなと思いました。
元々そういうアカウントではないので、ふさわしくないと思われた人も中にはいらっしゃったかもしれないです。わたしが性的少数者であることを活かした表現を発信するのにふさわしい場もくそもないですから、異性愛のファンアートが許容され同性愛のそれが許されないということはないと思いたいです。等しくあるはずです。

種を撒いてしまった以上、この件については納得して頂けるまでとことん付き合いますので、お話をしましょう。すぐに反応できるので、何かあればお手数ですが今度はDMからでも教えてください。お待ちしております。